ユニクロ思考術

『ユニクロ思考術』佐藤可士和

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お医者さんの問診のように

僕の仕事は、お医者さんの問診と同じです。まずはクライアントから徹底的に話を聞くことから始めます。自分たちのブランドを世の中にどう認識してもらいたいのか? 本来そのブランドが持っていたはずの本質とは何だったのか、その上でいま課題になっている部分は何だろうか。それらがお互いにはっきりと見えてくるまで話し合うわけです。この過程を抜きにして、なんとなく新しいイメージだけをデザイン的につけ加えたって、なんにもならない。

最初のうちは互いに矛盾する要望が並んでしまう。ビジネスといっても暮らしのなかの普通の欲求とたいして変わらないものです。「食べたいけど痩せたい」とか「遊びたいけど金も稼ぎたい」みたいなものがどんどん出てくる(笑)。

ベクトルがあっちこっちバラバラで相反する要望に、それぞれ対症療法で向かおうとすると、本当の意味での解決策は見つかりません。そのやり方だと、またいつか同じ症状が出て、同じ薬を出すという繰り返しになりかねない。

でもそういう矛盾は、企業の本質がしっかりしていれば、話し合っているうちに「こういう視点から見れば、答えはスパっとひとつになりますよね?」と提案できるところへたどりつきます。その視点を見つけ出すのが僕の仕事です。

最初からロゴが頭にひらめくとか、いつかこういう書体でデザインしてみたかったとか、デザイナーとしてやってみたかった絵柄をここで表現させようなんていうのは、まったくない。ひらめきでやりたいことをやっている、と思われることもあるみたいですが、デザインは一人歩きはできない。まずは問診ありき、です。

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クリエイティブの力

矛盾する希望をひとつに集約できる視点が見えれば、そこからはデサインの力、クリエイティブの力の出番になる。

ここは問診と違って、あざやかに一気にやらねばならない。問診の結果をもとに、単純な足し算をしていては駄目なんです。クリエイティブの仕事にはある種のジャンプが必要だからです。模範解答的なデザインでは、「まあ否定はできないけど、感動もしないなあ」という(笑)平均点的な結果にしかならない。

美大を卒業してから僕は広告代理店に入ったわけですけど、入社する前は広告に対して「メディアを使ったアート」のようなイメージを持っていた。だから会社に入ってみたら「えーッ? 全然イメージと違う!」(笑)と驚いたこともあります。広告というのは企業の経済活動や経営戦略の一環であって、必ずしもアート的な格好いい広告をつくるのが正解とは限らないわけです。というか、格好いい広告は特別な事例。代理店での十年間で、僕はクライアントの要望とはどういうものか、結果はどうやって出していくのか、世の中の常識的なことを一から学ぶことになった。だからと言って、自分のなかのアート志向を葬り去ったわけじゃない。「ダセえなあ」と感じる美大生的な感覚は、それはそれとして維持し続けています。それがジャンプする原動力にもなっている。

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