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Japan Brand ~成功のための3つの提案~

Japan Brand のイベントがNYのFelissimo Design Houseで行われた。  http://www.felissimo.com/japanbrand/index.html 招待客用のレセプションは入り口に列が出来るほどの盛況。中もぎっしり人が入っている。Design21のときも凄かったが、改めてFelissimoさんは集客が上手いな~と感心。 さて、Japan Brand であるが、米国での展開を考えてみよう。私は以下3つのポイントを挙げてみたいと思う。 1つ目は商品力。 Japan Brandに選ばれているぐらいだから品質はお墨付きだ。USPとしての独自性もあり、伝統文化としての模倣困難性も非常に強い。前回のブログ記事で紹介したがUSPには2つの側面がある。その一側面は満たしているといえるだろう。問題はもう一つの側面つまり「お客様にとっての利点」である。 お客はこれら工芸品を手に入れる事によってどのようなベネフィットがあるのか?そもそも伝統工芸は遠い昔に日本の文化の中で生まれたものであり、21世紀のアメリカをターゲットに商品開発された訳ではない。つまり「消費者ニーズをまったく無視した商品」になりうる可能性があるわけだ。商品と消費者をつなぐ時間軸も空間軸も違う。空間軸が同じ日本にあってもヒット商品を出すのは簡単ではない、なにもかもが違うアメリカでは尚の事だと考えるべきであろう。従って、書道の筆を化粧筆にしたり、仏前用の線香を、室内香にしたりと、応用商品としてのアメリカ向け商品開発やアプローチは不可欠だと思う。  2つ目はビジネス・システム(流通)。 いくら優れた商品でも、それが売れる仕組みを作らない限り売れはしない。ビジネスとして成り立たせるためには、幾つかの条件が必要であるが、その中でも流通のチャンネルとして重要なのは(弊社の立場から言わせて頂けば)インターネットである。昨年12月、Amazon.comが記録的な売り上げを上げたニュースをご存知の方もあると思うが、アメリカでの小売はますますオンラインに傾倒しつつある。実店舗とオンラインショップ(EC)の一体どちらが必要かつ重要であろうか?本で言えばアマゾンは実店舗を必要としないが、バーンズ&ノーブルはオンラインショップを必要とする。全部が全部同じではないにせよ、事実としてオンラインショップは今後ますます重要になっていく。問題はJapan Brandには現時点でオンラインショップがない事だ。伝統工芸というどちらかというとニッチな市場を相手にせざるを得ない商材だからこそ、ロングテールには是非理解を示して頂きたい。商品が売れるための最低条件としてオンラインストア開設の必要性を感じる。 3つ目は人材。  実はこれが最も重要で根っ子にあたる部分である。オンラインストアや展示会などを通じ積極的にPRを打ち、プロモーションをかければそれなりの成果は得られるであろう。しかしながら外部の業者を使ってやっているうちは真のJapan Brandは育たないと思う。Japan Brandを育てるためには、工房でものづくりをする職人レベルでの「国際化」が必須であると思う。なにも流暢に英語を話せとまで言わないが、少なくとも海外で自分の作品を売ってみるなどの模索は必要であろう。「海外で売れた」と「海外で売った」との違いは大きいのである。そういう意味において、「魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教える」という方向性で次世代の人材教育にも是非力を入れて頂きたいと願う。とりもなおさず、それはJapan Brandだけでなく、多くの企業や個人にとっての課題であるように思うし、Japan Brandを通じてのブレークスルーが明日の日本を明るくする事だって出来るかもしれない。 以上、樹木に置き換えると、1つ目の商品は葉っぱ。2番のビジネス・システムは幹や枝、そして、3番目の人材は根っ子に相当する。どのようなビジネスにも共通する事だが人材育成なくして長期的成功はありえない。さらに推し進めて考えると、人材教育の要諦は見えない企業理念や哲学にこそあると言えるのである。なぜならば、人材(人格)とはそもそも見えない精神で成り立っているものだからだ。今後ますますこの無形資産が重要な役割を負う様になるだろう。 最後に、Felissimoは私が最も尊敬する企業の一つである。その理由は、企業に於ける哲学や理念に対しここまで真摯に取り組んでおられる企業は世界中でも稀だと思うからだ。ここでは経営哲学が芸術に昇華されている。私はそのFelissimoがJapan BrandのNYでの受け皿となっておられる事に天意すら感じるのである。

日本出張記

明日には日本を発つ。 今日はチャリンコを借り、京都伝統工芸品館を皮切りに、平安神宮、南禅寺、永観堂等に足を運んだ。主なテーマは1.観光業、2.フォトコンテスト、3.伝統工芸である。京都の若手工芸作家が主催する「京都匠塾」の店舗にも足を運んで現物を拝見させて頂いた。 http://www.kyoto-np.co.jp/kp/special/omoshiro/hito08_05.php  伝統工芸品に関してだが、確かに質は良いのだが、価格が高い。例えば竹で編んだコースターが1枚2000円。この価格では2~3枚買っておこうという気にはならないのは私だけではないと思う。これが1枚500円なら話は別。つまり現在市場に出回っている競合商品との価格競争に於いて、明らかに惨敗を帰している。他の商品に於いても事情は同じだ。大量生産の中国製であれば値札は10分の1。どうすればこのギャップを埋めることが出来るのだろうか・・・。そんなことを考えながら一日を過ごした。 「伝統の逆襲」の著者、奥山清行氏は「価格競争」から「価値競争」へのシフトを訴えかける。資源の括弧が叫ばれる現在の地球環境において価格競争を支える大量生産は環境破壊と直接繋がる。この考えには大いに賛同できるが、果たして消費者マジヨリティーのベクトルが価格よりも価値に移り得るかどうかは疑問が残る。奥山氏はその為の施策としてのデザインとブランド化を唱えるが、仮にブランド化に成功したとしてもそのブランドは平均的な所得の人間に於いては高嶺の花でしかないように思うのだ。したがって「価値競争」は非常にニッチなマーケットに於いてのみ発生すると予測できる。厳しい見方をすれば「ブランド化に成功しなければ伝統工芸品はいずれ淘汰される」と言えるだろう。 マーケットを大別するとこんな感じになるだろうか。いわゆる伝統工芸品は3番に該当する。 大量生産品:工業化により安く大量に作られる商品 手工芸品(海外生産):人件費の安い中国製等 手工芸品(国内生産):伝統的製作方法にのっとり基本的に手作り 作家作品:特定の作家による稀少高付加価値作品  奥山氏はイタリアのマエストロと日本トップクラスの職人の給与差を10倍としているが、フェラーリーのように数千万円する商品を手掛ける職人と箪笥職人を同列に並べるのは難しいだろうと思う。当然のことながら、イタリアで箪笥を作っている職人との比較が必要だ。そうすれば恐らくその給与差はせいぜい2~3倍だろうと思う。これは大きな差であることは間違いないが、何も伝統工芸に限らずあらゆる業界と職種で見られる給与差だといえる。さて、職人として高給を得たいならば4番を目指して有名作家になるか、生産量の大きい工場で製造のキーパーソンになるしかない。地道にコツコツ作っていても食うのがやっとだろう。 伝統工芸のブランド化は重要な課題だ。その為には従来の「生活雑貨」「日用品」は作らない方が賢明かもしれない。車やファッションのようにオーナーの自尊心をくすぐるものに的を絞ったほうがいい。いわゆる「用の美」ではインパクトに欠けるのではないかと思う。では、伝統工芸のどの部分をブランド化し市場に送り出すべきか?どういったシナリオが描けるかを考えて行きたいと思う。  写真は南禅寺。シンプルな石庭は「悟り」の状態を表す。境内には「六道輪廻の庭」があり、僧侶が庭に何を表現しようとしたのかが感じられて面白い。