生き残る社長、消える社長

講演「生き残る社長、消える社長」週刊東洋経済編集部長 田北浩章氏

この難しい時代、社長はどうあるべきか・・・「会社四季報」の編集長として上場企業4千社(のべ)の浮沈を取材、その中から掴んだ「社長のとるべき言動」を示す田北さんの講演です。その経歴は「1960年、大分県生まれ。1984年、慶応義塾大学経済学部卒後、東洋新報社へ入社」。現在は、産業と企業に精通する気鋭のジャーナリスト、TV情報番組「がっちりマンデー」のコメンテーターとしても活躍中。

*3月、政府は「景気は底打ちした」と言った。輸出が一時的に回復したからだ。が、多くの経営者は違和感を持っている。4月、日銀白川総裁がNYで講演、「偽りの夜明けに騙されるな」と明言した。立場上、かなり珍しい発言だけに話題になった。私もその通りだと思う。本当のところは、7~9月期の数字が出てくる10~11月頃にならないと分からない。

*私は仕事柄、大企業からベンチャー企業までの経営者と頻繁にお会いしている。このような状況下で、どんな企業が生き残れるか…私が訴えているのは3つのことである。それは、①大局観(歴史観)。②現場主義。③経営理念。まず①の大局観。今、自社はどんな状況におかれているかである。「偽りの夜明け」も、正に大局観に立つ現状認識ではないか。

*また、消費国家・米国の貯蓄率が伸びていることも、「おかしい」と思う必要がある。いわゆる貯蓄ではなくローンの返済金、減税分が消費ではなく、すべて返済に回っている、だけ。世界の28%を占める米国の消費、その影響は世界的であり、日本の製造輸出企業が受けるマイナスは論を俟たない。今、来期にかけて立ち直れるか?私は非常に厳しいと思う。

*日本はこれまで日本輸出株式会社のお蔭で生きてきた。その典型が我々マスコミだ。トヨタ、キャノンほか輸出企業の膨大な広告宣伝費である。朝日新聞は100億円、講談社70億円、小学館75億円、それぞれが赤字を出し、TV・CMも同様だ。その輸出の相手国、米国がバブル崩壊で痛んでいるのは4.7~7.5兆㌦。これが明確でないととどうにもならない。

*②の現場主義。これから生き残る優れた経営者は、歴史観を持ちつつ現場主義に徹している人だと思う。いわゆる“鳥の目、虫の目”経営だ。一例は、劇団四季。「浅利慶太」は演出家であると同時に年商270億円、経常利益率20%をあげる優れた経営者だ。創業以来58年間で赤字は1期だけ。この秘訣はトップである浅利慶太氏の現場主義に他ならない。

*今、全国で10ヵ所の劇場を持っているが、「現時点で何座席売れているか?」を毎日、リアルタイムに把握している。即ち、ペイラインの8割を確保しているか。しかも、内訳(会員3割、団体客3割、フリーの個人客2割)をキープしているかである。海外に出張していても必ずファックスを入れさす。もし、達していないと営業にハッパをかけるのである。

*ファナックスの稲葉さんもたいへんな現場主義だった。上場企業であれほど現場に足を運んだ人はいない。黄色がシンボルカラーで有名な山梨工場、稲葉さんは工場内を毎日、朝、昼、晩、必ず回る。一見すれば、稼働率から働いている社員の顔色まですべてわかるのだ。現場に積んである部品を見て、いろいろ考え指示している。浅利さんと同じ感覚と言える。

*③は経営理念。つまり、船の「マスト」である。海が荒れているときの船、マストがないと転覆してしまう。ライブドア元社長の堀江氏、彼を学生時代から知っている私は、ある日「会社を経営して、この世の中をどうしたいのか?」と訊いた。「別に、そんなこと考えたこともない」が彼の答え。理念なき経営者の企業への投資は、危なくてしようがない。

*会社へ行くと経営理念が社長室に掲げてある。あれが血となり肉となっているかである。松下幸之助さんは言う「社長の一番の仕事は、経営理念をいろんな人に伝えることだ」と。最近、よく講演を頼まれるのは銀行の支店長会議だ。「よい取引先の見分け方をしゃべってくれ」に対し、私は言う「末端の社員が経営理念を理解している会社に融資すべし」と。

*では、経営理念とは何か。医療のテルモは「医療を通じて社会に貢献する」という経営理念に徹しており、バブル時代、儲かる金融、不動産には一切手を出さなかった。1970年、赤字だった同社を再建した和地さん(現会長・富士銀行出身)の経営理念が、強固だったからだ。彼は2500人の社員、一人ひとりに語りかける「経営理念の伝道師」でもあった。

*もう一社は「『ありがとう』を集めるために我々は闘う」のワタミ。「無農薬野菜を使う」が憲法第1条(経営理念)である同社は、採算を考えれば自分で生産するしかない。それが北海道のワタミファームにつながる。また、「食べ残し」。自分たちで処理する会社を作る。他社からの分も引受け、堆肥にして北海道に持って行く仕組み・・・これが経営理念だ。

*皆さんが新に社員を採用する時、優秀な人より経営理念に賛同してくれる人を選ぶべきだ。最近、新卒の会社説明会に出て、経営理念を語る社長が増えている。また、銀行の支店長会に私が招かれるのも、「会社を測る物差し」を持っていないからだ。担保主義に慣れた結果だが、経営者を見る文化が、銀行から消えている。皆さん自身が見せてあげてほしい。

*今、世界で8000兆円の余剰マネーが動いている。これがどこへ向かうか。1つは中国、インドなどの新興国だろう。国内需要の成長がこれから始まるからだ。中国の不動産バブルで国債に避難していたマネーが、次の獲物を狙って自己増殖を始める。それは、やはり「資源」ではないか。特に、世界の鉄鉱石の半分を使っている中国、その辺がポイントだろう。

*経営戦略として、「余剰マネーはどこへ行くか」を常に頭の片隅に置いておくことだ。新渡戸稲造の言葉「人生は山の旅路と思うべし。平地わずかで峠たくさん」。また、采根譚では「伏すこと久しきは、飛ぶこと必ず高し」・・・企業にとってたいへんな時代。少々の回復で喜んではいけない「偽りの夜明け」だからだ。長く耐えれば、やがて高く飛べる日が・・・。

 

 

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